C帰りたい騒動で…


キツイ治療の中で落ち込んでいた母の気力体力も
少しずつ少しずつ戻ってきているようでした。

二週間経つ頃には、ラインの文章も元の母らしくなり
病棟を移って、面会が許されるまでに。

久しぶりに会った母はげっそりと
痩せてしまってはいましたが
目には力が戻ってきていました。

聞けば、入院初日の夜に急変したそう。
これは死ぬんだな、と思ったのに目が覚めた、
なんでだろう??
と聞かれて返答に詰まってしまいました。

本当に不思議だったようで、病院スタッフにも
同じ質問をして困らせていたようです。

その頃から私は、母に毎日
庭の花の写真を送るようになりました。

面会できるようになったことで余裕が出たのでしょう。
ただただ一生懸命お世話をするだけだった庭の花を
きれいだなぁと感じられるようになったのです。

母にも見せたくて何気なく送った1枚の写真。
それがきっかけになりました。

朝から庭を見回して、その日きれいに咲いた花を
写真に撮って母に送る。

きれいだね、元気だね、たくさん咲いたね。

これまで母が大切に育ててきた花が
今度は母にエネルギーをくれていました。

けれど、それが母の「帰りたい」に火をつけて
しまったのです。

入院して三週間が過ぎた金曜日のことでした。
その日、私は仕事が午後お休みだったので面会のため病院へ。
そこに担当医師がやってきて、今後の話をされました。

医師いわく
「退院したい!と言うのなら、退院できる状態ではある。
 だけど家での生活を考えると、もっと体力や筋力を
 取り戻すためのリハビリをして帰った方がいいと思う」

私も同感でした。
母はこの入院期間でずいぶん細くなってしまっていたから。

それに対して母も
「そうですね。もう少しお世話になります」
そう言って頭を下げていたのです。

そのやり取りを間近で見ていた私は
まさかその日の夕方に、帰りたいと母が騒ぎだすなんて
思いもしませんでした。

母は私に、退院になった場合の迎えの約束を取りつけると
勢いのまま退院希望を病棟スタッフに伝えました。

しかし入院費の支払いが終わらなければ
帰ることはできません。
翌日の土曜日は、支払いのための機械が動かず、
もちろんそのまた翌日の日曜日も動かない。

母は
「退院できない!
 それどころか来週の火曜日に血液検査があるって!
 その結果を見てからって、そんなの聞いてない!」
と怒り心頭。

私の心の中といえば


「あ〜〜・・・、しまったな・・・・・・」


私が送った写真が母に火をつけたことは明白でした。

さらに翌週火曜日。
「血液検査はすぐに結果が出るから!
 退院できるなら帰るから迎えに来てね!」

と、諦めきれない母からラインが・・・。

しかし、翌日の水曜日にレントゲンも撮ると
病棟スタッフから伝えられてあえなく撃沈。
やっと少しの冷静さを取り戻しました。

送られてきた涙目のスタンプを見て胸が痛みましたが
安心したのも事実です。

「退院できる状態」とはいえ、医師から見れば
できるだけ家で不自由なく動けるようになってから
帰したいのだろうことは容易に想像できました。

その為に、あれやこれやと検査を入れ込んで
退院日を延ばしたのでしょう。

レントゲンの結果説明も、水曜日も翌木曜日もされることはなく
退院日となった金曜日に聞くことになったのです。

結局、退院希望を伝えてから一週間
留め置かれたわけですが
私にとっては嬉しい誤算でした。

母が入院していた病院は大きな病院です。
きっと目処が立てばすぐに追い出されるだろう。
そう私は考えていました。
患者さんは次から次へとやってきますから。

それがまさか、家での生活力まで配慮してもらえるとは・・・。
結果、私の病院や担当医師への信頼度は爆上がりしたのです。

そして退院日の金曜日。
午後3時からの担当医師の説明を母と共に聞くために
病院へ向かいました。

しかし、なんと担当医師の所在が分からない。
さらに、医師から私たち家族に説明があることを
病院スタッフが把握していない。
右往左往するスタッフの横で私たち家族は待ちぼうけ。

結局1時間ほど遅刻して担当医師はやってきました。
母は少々お怒りぎみでしたが、私は平気でした。
だって今日は母と一緒に帰れるんですから。

けれど喜んでばかりもいられません。
医師からの説明は、私の後悔と罪悪感を
呼び戻すには充分でした。

「もっと早く来てくれればよかった
 肺には膿が溜まっていて重症だった
左肺は縮んでしまって変形している
 これは元には戻らない
 もう少し遅ければ本当に命の危険があった」

医師の言葉のひとつひとつが胸に刺さります。

母自身は、入院してから一気に症状が重くなったと
本気で思っているようですが、私から言えば
もっと手前で食い止めることは出来たはずです。

油断大敵。
この言葉を心底噛みしめた出来事でした。




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