Bラインの言葉で…


それからは怒涛の日々でした。

仕事から帰宅後、残りの入院書類の提出や
母の必要物品を届けに病院に通いました。

あっという間に一週間が過ぎ
周りを見渡せる余裕が少しだけ出て
気づきました。

家の庭が荒れていることに。

面会謝絶がとけない中、せめて母が大切にしていた庭は
なんとか守らなければと思いました。

ですが、普段、母がどのように花の世話をしていたのか
ろくに手伝ってもいない私にはわかりません。

必死に、気まぐれに手伝った数少ない経験を思い出し
帰宅後や休日に花のお世話に明け暮れました。

おかげで母が一番大事にしていたバラはすべて無事。
バラは強い植物とはいえ、長い猛暑の中、
私の適当なケアでよくぞ生き残ってくれたなと思います。

庭のことでひとつだけ悔やまれることは
我が家で毎年バラの次に咲き誇っていたユリが
蛾の幼虫に食い荒らされてしまったこと。

母が言うには、ユリは花が終わった時点で
ブッツリと切っていたそうですが
それを知らない私が放置していたことで
散々な有様に・・・。

しかし、それはごく小さな「しまった」でしか
ありませんでした。

本当に大きな大きな「しまった」が
庭の手入れを始める以前、
「あっという間に過ぎた一週間」の間に
起こったのです。

入院初日、母と別れて夕方に帰宅した私は
未提出の書類や母の必要物品を用意して
病院へとUターンしました。

と言っても面会謝絶なので受付に預けるだけです。

その中に、受診時に持ってきていなかった
母の携帯がありました。
充電を満タンにして、充電器も一緒に受付へ。

私は安心していました。
明日から毎日、母と連絡が取れるだろうと。
「受け取ったよ」と母からすぐにラインが来たように。

しかしその夜、

「しんどい」
「死ぬ」

それを最後に母からのラインは途絶えました。

どれだけ私からメッセージを送っても
母からの返信はありません。
それどころか既読すら付かないのです。

携帯を取り上げられているのか??と
考えたくらいです。

悶々とした日々が数日続いた後、やっと既読が付きました。
しかし、相変わらず返信はありません。

毎日、日中は携帯を肌身離さず持ち歩き、
夜眠るときは最大音量にして枕元に置きました。
本当に緊急事態だったら病院から連絡が来るはず。
そう自分に言い聞かせて過ごしました。

やっと母から来たメッセージを見た時
私は心底ホッとすると同時にギョッとしました。

母からのメッセージは、これまでの母からは
想像できないくらいたどたどしいものでした。
文章も、漢字の変換も、どこかオカシイのです。

本当に母は大丈夫なのか…?
これは本当に母が打ったものなのか…?

けれど、何よりも私に衝撃を与えたのは
その内容でした。

そこには
「あの世に行ったと思った。治療がキツイ。
 戻ってこない方がよかった」
とあったのです。


もう、本当にどうしようもなく
「・・・しまった・・・・・・」
そう思いました。


この言葉を言わせているのは私だ。

もっと早く病院に連れていけばここまで悪化しなかった。
もっと早く病院に連れていけばもっと治療はラクだった。
もっと早く病院に連れていけば入院することもなかった。

頭の中が後悔と罪悪感でいっぱいでした。

職場なんて選ばなければいくらだってあるのに。
私の母親はこの世にひとりしかいないのに。
大切なのはどちらかなんて比べるべくもないのに。

ごめんね。お母さん。ごめんね。

ここにきてやっと私は、職場優先から母優先へと
意識を完全に切り替えることができたのです。

母を失くす前に気づけたこと。
ただそれだけが唯一の救いでした。




Copyright © 人生最大の「しまった」 All Rights Reserved.