@ホッとした顔で…令和7年9月3日、肺炎で母が入院しました。 これは、母の入院という大事件(私にとって)の中で 心底「しまった!!」と思った日々の記録です。 自分自身への戒めとして残しておこうと思います。 母は77歳。世間一般では老人です。 特に体格や頑強さに恵まれてはいないものの 入院というものとはご縁がありませんでした。 それまでの人生で一度だけ入院しましたが バセドウ病のアイソトープ治療のため。 一病息災だね、なんて笑って話していたくらいです。 その母の体調に変化が生じたのが8月中旬くらいでしょうか。 まず熱が出ました。 発熱と言っても高熱ではなく、軽い風邪かな?くらいの微熱です。 我が家は風邪症状で病院にかかるという考えはなく この時も常備していた市販薬を服用していました。 熱は上がったり下がったりをくり返し治まらず 市販薬を買い続けました。 今思えば、この時に何かオカシイと感じるべきでしたが 私も、母自身も、いずれ治るだろうと軽く考えていたのです。 なぜなら、熱以外の症状がなかったから。 咳も、のどの痛みも、鼻水も、なんにも。 しかし、やがて夜中に痰がからんで咳こむ、という症状がでて 母は充分な睡眠がとれなくなっていきました。 バカなことに、それでも私も母も軽く考えていたのです。 明日には、明日には、と。 そして9月1日。 仕事から帰った私に母が言いました。 「発熱外来をネットで予約したから明日の10時半に行ってくる」 母の我慢も限界にきていたのです。 それなのに、私はまだ職場優先でした。 「私は行けんけど、タクシーで行く?予約しようか?」 などと、本当に救いようのない返事をしたことを覚えています。 そうじゃないだろう!!! その時の私をぶん殴ってやりたいです。 そして翌9月2日 「何かあったら連絡してね」 と母にのたまって私は仕事に出かけました。 しかし、職場に行っても落ちつきません。 早番だったので、ひとりで職場の準備をしながら悩みました。 結局、出勤してきた上司に掛け合い、他店舗に応援を頼めないか掛け合い 遅番で9時過ぎに出勤してきた同僚に掛け合い、休みを急遽もらって 帰ることができました。 ここまでの流れの中で、ここの判断だけは良かったと心から思います。 ギリギリどころか遅すぎる判断でしたけど・・・。 帰宅した私を見て母から出た言葉は 「帰ってきてくれてありがとう」 「ん−ん」 返事をしながら私が心底感じていたのは 「しまった!!!!!」 ただこれだけでした。 母は強くてしっかりしています。 けれど、77歳の高齢者であり、体調悪化の状態。 心細くないはずがないのです。 体調がすぐれない中で、私のために 毎日家事をしてくれていました。 我慢が切れるまで我慢し続け 発熱外来を自分で予約し いまだ職場優先をする娘に何ひとつ文句を言わず 自分ひとりでタクシーに乗って病院に行く・・・。 母が全身でホッとしたのを感じてはじめて 私はそこに思い至ったのです。 母の献身を当たり前とどこかで思っていた私の傲慢さ。 至らなさ。未熟さ。子供という立場への甘え。 これまでの人生で失敗はたくさんしてきましたが 今回の失敗はそんなもの霞んでしまうほどの 桁外れの大失敗でした。 |